元茹でガエルなエンジニアの記録

ちょっとやってみたことや考えたことなどを不定期に書き残していきます

勝手に期待して落胆するのは失礼である話

プロジェクトマネージャとして開発チームの中で仕事をしている。プロダクトマネージャーもいる、という体制。

プロジェクトマネージャとはなっているが、自分としては自己組織化、自己管理できているチームが強いと考えている。なので、みんながプロジェクトマネージャーの方ばかりみたり、指示を待つようなチームにはなって欲しくない。そうでないと、プロジェクトマネージャーがボトルネックになる。 理想としては、『いなくてもなんとか出来る』状態。

あるとき、イテレーション計画ミーティングに自分が予定があって参加できないときがあった。自分としては、僕がいなくても出来ると思うので、通常どおり開催して欲しい、と思っていた。だけど、今のチームは『参加できる日に予定を変更しよう』という判断をした。

このとき僕は、正直『なんでそうなるかなー』って感じてしまった。ネガティブな感情だ。 でも、よくよく振りかえってみると、メンバーからすると何かプロジェクトマネージャーが不在では困ることがあると考えていたのかも知れない。 僕はそのことについてなぜですか?と聞かずに、予定変更案に流されてしまった。つまり僕はコミュニケーションをあきらめたとも言える。もちろん当時の自分にそんな意図はなく、しょうが無いかーって感じで話を終えてしまった。

勝手に期待して、勝手にまだダメかーって。なんて失礼なことをしたのだろう。自分の思う勝手な理想と現実のギャップを勝手に悔やむ。これは意味が無いことだった。

まずは自分の目指す開発チームの姿をきちんと共有し、みんなの考える理想も共有してもらい、すり合わせる。これは多数決とかではなく、経営観点や組織方針も関係してくるだろう。 ギャップを感じるのはそれから、でよい。ありたい姿が人によってズレている、ぼやけているうちに現状との差分をとっても噛み合わない。 物差しをそろえなきゃ。

コミュニケーションはやはり大事。 伝わっていないと感じるなら、それは自分の責任。伝える側しか、伝えたいことがちゃんと伝わって受けとめてもらえたかに気づくことはできない。

おまけ

自分不在で、って、それは職務放棄ではないか、って話もあると思う。そうかも知れない。でも、僕はプロジェクトマネージャーの責務は、『プロジェクトをなんとか成功に導くこと』だと考えているし、自社での定義もそうなっている。 (成功とはなんぞや、ももちろん認識あわせが必要ですが)

つまり、自分でやる必要は必ずしもなくて、どんな役割分担にせよ、うまく進めて成功することが、達成したいことなのです。

進捗管理や課題共有と解決に向けてのアクションみたいな、プロジェクトマネジメント要素のdoなところは、その人しかできない/やらない、を作らない方が良いと思っている。 その人しかできない、その人がやるべき、となっているもしくは思われているところを見直す活動こそがやるべきことかなぁ。そこを推進する人は、ある程度替えがきかない、でも良いと考えている。